放浪Ⅱ

東京での居候生活は思ったより大変で、最初に訪ねたサーフィン仲間宅は彼女と暮らしてる、いわゆる同棲生活宅に居候を決め込んで押し掛けたのでした。
では、このサーフィン宅をA宅としましょうか。
新宿をさ迷ってからA宅に着いたのが約束をしていた晩の7時頃だったと思います。
A宅は私の到着を心待ちにしてたみたいで、彼女の手料理がテーブルに並び、久々に会う仲間を持てなそうと歓迎の夕食で、知り合った経緯の話しや一緒にサーフィンに行った、千葉の房総半島での思い出、真っ白に覆われて富士山が空に浮いたように見えた茅ヶ崎のの話しで時間の経つのを忘れて語り合ったのでしたが夜中ぐらいから吐き気をもよおし、最初は酔っ払ってるからと思っていたのですが、朝になっても良くならず、夕方になっても体調の悪いままで、A宅に来てから三日目の昼になってるのに体調が快復する気配すらない状態でした。A宅に居ては迷惑になると思い、もう一人の先輩を訪ねる事にして、大きな荷物を待って体調の悪い身体でA宅を出ました。
幸いに、もう一人の先輩(B先輩)は順天堂医大の先生だったのでB先輩宅に行けば治してもらえると思って訪ねたのでした。
訪ねて見ると初めての子供さんが生まれたばかりで奥さんも慌ただしく動き回ってる感じで「まずい!」と思いながらも、この先輩に頼るしかなくて居候を決め込んだのでした。
生まれたばかりの子供さんと一緒に寝てる毎日が一ヶ月以上は続いて、良くなったと思って外出すると、また一週間近く動けなくなるのです。
今、思い出ても原因は分かりません。
B先輩宅に居候して一ヶ月ぐらいでしたか、先輩が点滴を持って帰ってくれまして、(薬はもらってたのでしたが点滴は始めてで)この点滴が効いたのか翌日から良くなりだし、何とか外出も出来るようになり、B先輩に誘われて居酒屋巡りしてアルコールも飲めるようになったのでした。
二人の先輩を訪ね歩き、特にB先輩の奥さんには、とんでもない迷惑を掛けてしまい、大変申し訳ない事しました。
その後すぐに香川に帰って、進む道を探す事にして、自分はやはり香川が合うし香川が好きやと改めて東京で感じる事が出来たのと、二人の先輩には迷惑を掛けたけど、東京での出来事で三本松時代のアカが取れ、ふっ切れたように思いました。
A先輩にもB先輩にも、後からでしたが、お礼を言って、独立した事も報告をしました。
写真は松山「サントリーバー露口」の朝子ママです。松山で一番の歴史の店で、もう少しで50周年になろうかと言う老舗のバーなので、松山に旅をしたなら必ずや寄って下さい。
つづく




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