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2008年8月11日 (月)

新たな挑戦Ⅲ

新たな挑戦Ⅲ
8月10日のコメントに、山陽放送のテレビで放送された番組のなかで「お客様」と話さなくてはならないのに「お客さん」と話したところを、ご指摘頂きました。
ありがとうございます。
私の修行不足でした!
ご注意頂いた事を肝に命じ、直して行きますので見ていてください。

さて、この新しい吾割安は、1階が70席で、カウンターとテーブル席、2階は、80席の座敷になっていて、今でも営業をしており、高松の居酒屋文化に貢献したとの思いは持っています。
ただ、苦労したのはスタッフを、どのように導けば良いか分からない事でした。開店前にスタッフから「仕事が終わったら話しがあります」と言われたら、必ず「今月いっぱいで辞めます」でしたし、もっと酷いのは何の連絡もなく仕事に来なくなるのですから大変です。
店は繁盛してるのにスタッフが足りない事ばかりで、どうしたらスタッフが定着してもらえるのか悩む毎日でした!
27才の若造で、自分勝手に生きて来た私には、かなり荷の重い時期だったと思います。

写真は12000トンのケミカルタンカーの命名、浸水式で、正に今、海に入って行こうとしてる所です。
今治の友人が、先月31日に福岡県の福岡ドッグにての式典に招待していただき、このような場面に参加出来たのでした!
船名は「ドレッゲン号」で三ヶ月後には世界の海を航海するそうです。
歓迎しました。
近藤君ありがとう!

2008年8月10日 (日)

新たな挑戦Ⅱ

新たな挑戦Ⅱ
新たな挑戦とはいえ、実際には無謀な挑戦であったのです。
開業してから1年半で、資金も貯まってませんでしたし、なんと言っても12坪から80坪の広さに拡大です。席数は18席から150席の2階建てになるのですから、いかに無謀な挑戦だったかはお分かりと思います。
1年半前に友達から300万円を借りて、手作りの店とは訳が違います!
新しい店は結果的に3500万円の資金が掛りましたから、この時点での「僕がやります」は、ほんとに無謀だったのでした!
しかしながら、翌年(61年3月31日)に150席の新しい「吾割安」がオープンしたのですから、我ながら頑張りました。
資金も命がけで集めましたし、スタッフも少ない人数でしたが揃いましたので、オープン出来たのです。
このオープンまでは、日々は命がけでした。
工事が出来上がる日に工事代金の支払いがあるにもかかわらず、一ヶ月前なのに資金のメドが立ってなかったのです!
大きな問題は保証人で、満濃の爺さんでは保証人にはなれません。二人の保証人が必要で、一人は久本酒店の先代社長が引き受けてくださったのですが、もう一人が見つからないです。
計画が始まった当初は「僕がなってあげる」って方が、いたので計画を進めたのに、いざ工事が始まって、銀行との契約が近付くと連絡が取れなくなり、途方にくれる毎日が続いたのです。悩んでも仕方なくて、他の方を探してはみたのですが、3000万円の保証人を引き受けてはもらえる方を見つけられなかったのです。
悩んでいる間も工事は進んでいますし、あと二週間で完成と言うのに、保証人が見付からず、金融機関からは催促をされ、保証人が見付からないなら融資は出来ませんと言われるしで、絶対絶命のピンチで夜も眠れません。
この時に、たまたま喫茶店で新聞を読んでますと、登山家が「K2」に登るのに資金が集まらず、生命保険を自分に掛けて、受取人の覧にスポンサーの名前を書く事で資金を集めたと言う記事を見つけ、「これや」と直感して、ある方の所に生命保険の申し込み書に記入して持って行き、保証人をお願いしたのでした!
登山家は登山が失敗すると言う事は死亡するか、登山を断念する事ですし、いつも死と隣合わせですが、私は違います!
保証人を頼んだ方に「もし失敗したらどうする」と聞かれたら「死にます」と言おうと決め、生命保険の申し込み書を持って行き、この決意も伝えたら、なんと承諾してもらい、資金のメドが立ったのは工事完成二日前でした。
結果は、この時の保証人の方にも迷惑は掛けずですし、生命保険も使う事はありませんでした!
まぁ〜 命がけの挑戦でしたけど。

写真は昨日(8月9日)に生まれた「そら」ちゃんです。
私の友人で満濃時代からの同級生(ちなみに来年50才)の子供ちゃん。

可愛い「そらちゃん」元気で大きくなってください。

新たな挑戦

新たな挑戦
つい最近、テレビ局から私の取材申し込みが来て、友人でもあり我社の店を利用くださっていただいてる方の紹介だったので、快くお受けしたのです。が、いざ取材となると、これが結構プレッシャーで過去にも何度かテレビ取材は、こなした事はあったのですが、カメラが自分に向くと、喋れない物ですね!緊張でした。
取材の内容は過去の経験と今後の事であったり、今の考え方を話すのです。
そんな中、過去を思い出してると、良く悪くも、ここまで来たかと言う思いになりました。
無一文だった私が友達とスタッフの支えで、今があるのですから。

さて、昭和61年の夏頃に「仲見世」の社長から、この辺りの倉庫を店に変えて、通りを活気のある飲食街にする話しを聴いて、斜め前の倉庫が空いてて、挑戦する奴を探してると、重ねて話しを聴いた途端、「僕にやらせてください」と、何も考えずに言ってた自分がそこにいたのでした。
この事から、新たな挑戦が始まったのです。
写真の奴らは、中学校の同級生で先月の23日に、男性9名、女性3名の12名で高松の我社の店に集まり、昔話しに花を咲かせたのでした。
50才になってから、やたらと昔の友人に会う機会が増えました!
仲間って良いですね。

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