気が付いたら
会社名を「有限会社ひらい」に決め、個人事業から法人になりました。とは言え、簿記の事など全く知りませでしたし、経理など机に向かう仕事は大嫌いな自分を知ってはいましたので、これから「どうしよう」が本心の法人化だったのです。
とは言え「やるしかありません」経理は結婚したばかりの嫁さんに押し付け、私は毎日毎日、吾割安の営業に明け暮れてました。
創業から二年で、150席の吾割安に移り、三年目に法人化を果たし、四年目に二号店の「チョモランマ」と名付けた、ネパールを意識したエスニック居酒屋を出したのですが、これが、大変!
お客様は来るのですが、売り上げにならないのです。
原因は、今なら必ずやってる事業計画ですが、21年前の29才の私(ただのイケイケ)ですから、売り上げ計画も何もありません。
ただ、店を出したいから出したのです。
店内は異様な雰囲気で、床は土、椅子はブロックの上に四角な材木を置いただけで、安定は悪いし、テーブルにいたっては、拾って来た箱とか、足場にする板を並べただけの粗末な物でした。
メイン料理はネパール料理と言うかインド料理で、カレーを中心にお茶を出すのですから客単価も低かったです。
しかしながら、お客様はビックリするぐらい来ました。
多い日には100人以上来ましたから、コンセプトは良かったのでしょう。
しかし、商売としては失敗でした!
一年足らずで、中華料理の「慶華飯店」と改めて、内装も大幅に変えて、再出発をしました。
「慶華飯店」は一年目は赤字でしたが、二年目には外国人の溜り場になり、その事が引き金で多くのお客様とスタッフに支えられて、平成13年まで営業しましたから成功だったと思います。
そうこうしているうちに『気がつけば』30才が目の前ではありませんか!!
焦りましたよ!
友達と言えば、やんちゃな頃の奴らと同業者ばかりで、会社になったからといって、上手く運営出来る訳でもありません。
自分が経営とか、未来の為の勉強をするしか生き残る道はないのです。
残念ながら、この頃の私には、向かいあった問題を解決する方法は持ち合わせて居ませんでした。
情けないけれど、仕方なかったのです。
この様な思いが、後に青年会議所に入会する事になり、現在の友達と知り合い、社業の発展につなげたのですが、この頃はただのやんちゃ坊主でした。
写真は我社のスタッフで、8月に家族と川遊びに行ってて、年齢と体力の衰えを計算に入れず、川に飛び込み、左肩を脱臼骨折し、入院先で撮った姿です。
病院で見た瞬間は、可哀そうやら可笑しいやらで、笑ってしまったのです。
結局、8月いっぱいを休みましたが、彼にとっては良い勉強になったと思ってます。
























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